Hanoi Walk 4th Định Quán – Tân Phú

26/10/2014

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2014/10/26 Sun

長距離バスによる移動の簡単な説明

ホーチミン市には2つの長距離バスターミナルがある。ハノイやダナンなど北方面に行くミエンドン・バスターミナルとメコンデルタ方向に行くミエンタイ・バスターミナルである。同じような名前だが、辺東と辺西だからしょうがない。ベトナム語で書くとBến xe Miền ĐôngとなりBXMDと略する。ベトナム人、略語が大好きである。
日本語も明治時代にローマ字化されていたら、今頃東京駅をTKEとかいっていたかもしれない。

とこのように益体もない雑学を書くのは、第4回のこの旅行に特筆すべきことがなかったから。
BXMDから前回終着のĐịnh Quán町へと行くバスに乗る。当時は乗り方がわからなかったので、国道20号線を走るバスということで、400km先のダラット市へと向かうバスに乗り、Google Mapをにらみながら、前回の所でおろしてもらうという方法を取った。

ところが、バスが出てから、レジデンスカード(居住許可証)を家に忘れてきたことに気がついた。これがないと宿泊できない。長距離バスはもう走り出してしまっている。宿泊の予定を日帰りに急遽変更して、その日のうちに帰ることにする。意気の下がる話だ。

奇岩の町ディン・クアン

Định Quán

Định Quánは街の中にこのような奇岩のあふれるところである。その中でも特に珍しいものが、Đá Ba Chồng(ダ・バ石)と言われており、一応名所であるらしいが、あまり注目されている気配もない。日本人としては、こういうものは注連縄でもはっておいてもらえないと、なんとなくしっくりこない。

Đá Ba Chồng

それもそのはずで、ベトナムの山岳地方の地形は緩やかな褶曲山地でそこに火成岩が転がっているというものである。Định Quánほど地表に出ているものは珍しいが、大昔は海底火山だったのだろうと思わせる地形がずっと続く。
カルデラの底というべき盆地には街が広がり、緩やかな丘を越えて次の盆地に向かう。山でもなく高原でもなく、大きな絨毯の上を蟻になって歩いているような気分がする。

国道20号線を走るシニアサイクリストたち

この図は今回の旅程を高低図にしたもの。自転車で走るのにちょうどいいというぐらいだろうか。
実際、この国道20号線にはスポーツ用の自転車に乗ってツーリングをしている集団が目立つ。

ベトナムに来る前、日本でスポーツ用の自転車に乗っていた。荒川河川敷を100km走っていた。東京から川越の先ぐらいまで往復すると100kmである。最長記録は150km. 100kmとか150kmも自転車に乗るというと超人的な気がするが、やってみれば意外とできる。

荒川を走る同好の士は60代の男性が多かった。派手なウェアを着て長距離を走る爺さんたちを見ていると、日本も変わったという気がしたものだった。
私の祖父母は明治生まれで、私が物心ついた頃にはすでにお爺さん・お婆さんであった。今から思えば、私が幼児の頃かれらはまだ60代ではなかったかと思うのだが、姿形が爺さん婆さんだった。年をとるとはそういうものだと思っていた。今は、自分の親がそのぐらいの年齢になったわけであるが、その意味ではいつまでたっても爺さん婆さんにならない。時代の進歩とは不思議なものであると思っていた。かくいう私もすでに40代であり、昔なら初老だ。江戸時代の武士なら隠居しはじめる。荒川河川敷の60代の爺さんを見て、次は私の世代ではこういうことになるのかと思っていた。

国道20号線

今こうして、ベトナムの国道20号線を歩いていてすれちがっていく、高価なスポーツ用自転車に乗り、派手なウェアを着ている人達は、やはり日本と同じように60歳ぐらいの男性だ。そもそもベトナム人はスポーツを良くするが、若い人だけでなく、年寄りがよく運動をする。爺さんも婆さんも運動している。自転車は金がかかるからか、シニア向けのスポーツとして定着している感がある。派手なウェアとヘルメットと戦闘的なサングラスが似合っているのか似合っていないのかよく分からないあたりも、荒川河川敷と全く同じだ。
ベトナム戦争の写真に写っている当時の年寄りは、まさにお爺さんお婆さんである。私の祖父母よりもさらにそう見える。時代と地域を超越した、ザ・年寄りという風貌をしている。そこから、たった1世代しかたっていない。
20年後、私が60代になったときに、ベトナムの同世代に抜かされそうだと思う。「日本人はなんでそんなに年寄りくさいのか」と言われそうだ。それは、一人あたりGDPとかそういうことよりも、より深刻であると思う。

Tân Phú

13.3km歩いた先のTân Phúで本日はリタイア。肉体的にはもっと歩けるのだけど、ホーチミンから100kmほどしか離れていないここまで4時間近くかかっており、11時頃にĐịnh Quánに到着して、4時間弱歩いたことになる。帰りも4時間かかることを考えると、そろそろ帰り支度をしないといけない。この旅行の方法は遠くにいくほど往復に時間がかかるわけで、まだこんなところなのにすでに無理が露呈してきている。このままだと、ハノイどころかダラットまでも行けそうにない。この旅行は歩くことそのものよりも、ベトナムの交通機関との戦いの記録になるだろうと思う。

ホーチミンから128.5km

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